波間の玻璃

感性を大切に生きたい

私は断捨離ができない

ごきげんよう、玻璃です。

せっかく日が沈むのが遅くなったのに、厚い雲が空を覆っているのはもったいないですね。

 

 

 

ドキュメント72時間って番組知ってますか

先日、「ドキュメント72時間」というNHKの番組で、「巨大団地 中古ショップでハロー・グッバイ」という回が放送されていた。

その番組の中に、青春時代に買い揃えた音楽の機材を売り払う男性の姿があった。

その古くなった機材には、決して高いと言えない値段がついた。

査定をしてもらう前は普通だった表情も、いざ手放すとなるとその目には寂しさと悔しさが滲んでいたのが印象的だった。

リサイクルショップのカウンターで値段を告げられた人々は総じて、

「えっ、そんな安いんかい」という驚きと失望とともに、

「値段なんか期待していなかったし」と強がった表情がないまぜになった顔をする。

受験が終わった後、新品同様の参考書を売りにったら数十円にしかならず、動揺を隠そうとした自分を思い出した。

 

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こんなに一気にものを捨てられる人の気持ちを感じてみたい

 ものを捨てるのが嫌い

かくいう私は、ものを捨てることが至極苦手だ。

部屋の片付けはいつも、精神的に疲労する。

小学校時代の絵日記のような類は言うまでもなく、端に落書きが書かれている紙なんかも捨てられない。

見ると、それを書いた時の情景がさっと蘇ってきてしまうのだ。

 


私は「もの」に執着しているんじゃない。

「もの」に付着した「思い出」に執着しているんだ。

 


うんうん唸りながら片付けをして至った、悟りの境地だ。

 

「思い出」というものは、普段は頭の中の滝壺にしまわれていて、簡単には浮かび上がらない。

でも、懐かしい「もの」を見ると、ふとその「思い出」が掬いあげられる。

この感覚は何とも捨て難い。


それに、よすがとなる「もの」がなくなってしまえば、「思い出」も水底で朽ち果ててしまうのではないか。そういう恐ろしさもある。

 

しばらく放っておいても思い出さないものは捨てても良い、などと言われるが、そう思って捨てると高確率で後悔する。

そうして、捨てる時に捨てるべきかどうかを、考えて考えて考えすぎて、精神的に疲れてしまうのだ。

 

人間は、もう二度とは味わえない経験を「思い出」としてしまっておく。

そして同時に、人間は容易く手に入らないものを惜しむものであるのだ。

 

断捨離なぞしたら、私は私の中に「思い出」を留めて置けるのだろうか。

多分無理だろう。

 

「思い出」をなくす恐怖に苛まれるくらいならば、私は堂々とものに囲まれて生きていたい。

 

当たり前を疑うことー『神の亡霊 近代という物語』第4回 普遍的価値と相対主義

ごきげんよう、玻璃です。

ここ2週間ほど山あり谷ありで、久々の投稿となってしまいました。

 

以前書いていた、『神の亡霊 近代という物語』の感想を書いていきます。
図書館で他の人に長い間借りられてしまっていて、やっと手に入れました...

 

 

 

序↓

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 第1回↓

 

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 第2回↓

 

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内容

この章では、普遍的価値、相対主義の正体が示されています。

まず筆者は、フランス社会の奥底に漂う神の亡霊に気がついた、として、裁判制度を例にとっています。

フランスでは、2000年になるまで重罪の控訴が認められていませんでした。

その理由は、軽犯罪は職業裁判官が裁くため誤判がありうるけれど、人民が直接裁きを下す重罪は、国民主権の原則から異議申し立てが許されないから、だそうです。

「人民の下す判断を真実の定義とする。これがフランス革命の打ち立てた理念であり、神の権威を否定した近代が必然的に行き着いた原理だった。」

と筆者は書いています。

尤もこれは国際人権規約・欧州人権条約の規定に反するため、裁判官・市民の合議体で判断するという方法がとられることになりました。しかしこれにより、人民の判断=真実という理念は打ち砕かれることになったのです。

 

「価値が相対化されれば、悪を糾弾できなくなる」という相対主義に対する根強い誤解があると筆者は言います。

禁止のない社会は存在しないけれど、何が禁止されるかは時代・社会に左右されます。

真理だから受けれ入れるのではなく、共同体に受け入れられた価値観だから真理に見える、普遍的価値は、普遍的だと「信じられる」価値であり、それはどの時代にもあるものです。

しかしそれは時代とともに変遷するものであり、「普遍的価値」ではあり得ません。相対主義とはそういう意味である、と筆者は述べているのです。

 

殺人や強姦など、議論の余地ない犯罪だと認識されるのは、理由が明白だからではない。逆だ。禁止する本当の理由がわからないのである。「悪いに決まっている」。思考が停止するおかげで規範の正しさが信じられる。

法や道徳は虚構だが、その虚構性は同時に隠蔽されます。虚構のお陰で社会が機能するという事実は、人間の意識から隠されているのです。

本文中では、パスカルの『パンセ』が引用されています。

法の根拠を検討する者は、法がはなはだ頼りなく、いい加減だと気づくだろう。.......法が欺きだと民衆に知られてはならない。法はかつて根拠なしに導入されたが、今ではそれが理にかなったものにみえる。法が正しい永遠な存在であるかのように民衆に思わせ、期限を隠蔽しなければならない。さもなくば、法はじきに潰えるだろう。

 法は、最初は虚構であったが、その後虚構性は隠され、それにより民衆は保たれている、ということです。

 

そして最後に、筆者はこう述べています。

倫理判断や裁きは合理的行為ではなく、信仰である。それゆえに強大な力を行使する。裁判と神は同じ論理構造に支えられる。裁判は力だ。有無を言わさず、それ以上に議論を遡及させない思考停止の砦をなす。人権思想は現代の十戒である。

法や道徳のような普遍的と信じられる価値がいかに虚構性を孕み、私たちはそれをいかに無条件に受け入れているのか、考えさせられます。

 

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ギリシャ神話に登場する法の女神、テミス 

裁判所によくいるアレ

 

当たり前を疑いたいが、疑ったら生きていけなくなりそうな不安

私は法学を少し齧っていますが、法も裁判もややこしい。

形式や論理でがんじがらめにされていて、人間はよくもここまで目に見えない概念たちを操れものだと感心してしまいます。

実体がないものを理解することはとても難しい。

だからこそ、私たちは法を深く理解することなく、また法を疑うことは微塵もないのです。

裁判の決定が不服だと思うことはあっても、法の基本原理を疑うことを誰がするでしょうか。

 

法のように、どうしてかはわからないが自明に正しいとされていることは多いです。

そしてその正しさの根拠は、大概明らかではありません。

でも本文中にあるように、その虚構性によって私たちは生かされています。

この世の当たり前を疑った時、自分の周りが全て虚構に見えてくる不安に苛まれ、結局はその当たり前を甘受して生きていくのでしょう。

 

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僕と祖母とそうめん

風鈴の音を聴きながら、扇風機を横目に冷えたそうめんを食べる夏。

アニメのワンシーンのようなのどかな風景は、今はもうない。

 

僕が小さい頃、毎年夏には祖母の家に帰っていた。

僕は東京の小学校に通っていたけれど、祖母の家はずっと田舎の山の近くにあった。

新幹線に乗った後、特急に乗ってさらにローカル線に乗らないと辿り着かない。

クーラーは効かないし、蚊も多い。

テレビも映る局数は少なく、歩いていけるコンビニはない。

それでも、近くにきれいな川が流れていて、近所の子と魚や虫をとったりすることが小学生には何より楽しかった。

当時から、よく都会の子だとばかにせずに受け入れてくれたものだと思っていたが、仲良くしてくれるよう祖母が事前に根回しをしていたということは、後から知った。

 

祖母の家では、よくそうめんが出た。

お歳暮でよくもらうとのことで、廊下にはそうめんの入った箱が積んであった。

祖母の出してくれるそうめんは、いつも良い具合に冷えていて、天かすが上にかかっていた。

暑くて食欲がない日でも、そうめんはなんのつかえもなく食道を通り抜けていく。

美味しい、と言ってつるつるとそうめんを飲み込む僕を、祖母は目を細めて見ていた。

開け放しの縁側から入るなまあたたかい風が、遊んだ後の火照った頬をなで、風鈴が涼やかな音を響かせる。

 

そうめんは、僕の祖父にあたる人の好物だったらしい。

その人は僕が生まれるずっとずっと昔に事故で死んでしまったそうだ。

1枚だけ残っている写真には、まるで西洋人のように彫りの深い整った顔をした若い男性が写っている。どちらかといえば薄い顔をした僕とは似ても似つかない。

祖母に祖父の話を聞くと、

「毎日健気に家を守って帰りを待っていたのに、まだ若い私を未亡人にして。恩知らずな人よ」

なんて愚痴をこぼす。

けれども、夏になるといつもそうめんを真っ先にお仏壇に備えていることを、僕は知っている。

 

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ある年、祖母から、今年は帰らないでくれ、という連絡を受けた。

その頃僕はもう中学生になっていて、夏休みは部活の予定や友達と遊園地に行く予定で埋まっていた。

片道何時間もかかる田舎で虫や魚をとるよりも、そっちの方が何倍も魅力的だった。

祖母も忙しいのだろう、と思い気にも留めなかった。

 

その年の秋、母から祖母が病気で寝付いていると聞いた。

僕は驚いて、連休を使って祖母の家に帰った。

祖母は寝室の色褪せた畳の上に敷いた布団にくるまっており、布団のせいか、ひとまわり小さくなったように見えた。

僕の姿を見た祖母は、微笑んで

「おかえり」

と言った。

いつもと同じ穏やかな微笑みだった。

 

僕は中学の話や友達の話をした。

病気のことは怖くて聞けなかった。病気のことを聞かずにいるために、自分の話をひたすらした。

祖母は布団の中で、微笑んだまま黙って聞いていた。

 

話が尽き、日も暮れた。

困った僕は、

「そうめんとか作ってあげようか?」

と聞いた。

しかし、祖母はこう言った。

「私は小麦アレルギーだから食べられないんだよ」

 

僕はひっくり返るくらい驚いた。

けれど確かに、祖母はそうめんを食べていなかった。僕が食べているのを嬉しそうに見ていただけだった。

「お前がそうめんを好きというから、いつも出していたんだよ。お前の美味しそうにそうめんを食べる姿に、おじいちゃんが重なってね。お前とおじいちゃんは、姿かたちは全く似ていなけれど、こんなところが似ているんだと思って嬉しくなったもんでね」

祖母の目は、どこか遠いところを見ていた。

 

祖母はその後寝たきりになり、まもなく息を引き取った。

 

 

僕は今、大学生になってひとり暮らしをしている。

夏になると、今は代わりに母がそうめんを送ってくれる。

たった一人の家で、ネギを刻んで天かすをのせて食べる。

カーテンレールにせめてもの風鈴をぶら下げ、その音をよすがに祖母の姿を思い出す。

そうめんは勢いよくつるりと喉を逃げる。

何気ない日々のひとひらを逃さぬように、僕は後から後から口いっぱいにそうめんを詰め込む。

 

創作シリーズ

↓ 

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ずっと女子校だった私が、大学で男女一緒に体育の授業を受けた話

ごきげんよう、玻璃です。

少しの外出でも脱水気味に… 暑い

 

✳︎

 

 

中高時代

私は長い間女子校だった。

中高では、運動神経が悪い方ではなかった。

マット運動と卓球だけは体質に合わなかったが。

負けず嫌いの性格もあって、試合なんかはいつも本気だった。

女子校ということもあり、やる気のある人とない人が良い具合に入り混じって、素人なりに全力でやって競技を楽しめる環境だった。

 

 

大学生になって

大学は共学となり、体育の授業が男女一緒になった。

自分の得意な競技がなかったので、友達に誘われるがままに、前期はソフトボール、後期はサッカーを選んだ。

 

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男性は、サッカーの嗜みがある方が多かった


 

 

今思えばこの選択が間違いだった。

自分の18年の人生で全く馴染みのない競技をやろうというのがダメだった。

 

まず、グローブの持ち方がわからない!!

それに、まっすぐ遠くまで投げられない!

先生は女子を経験者の男子と組ませてキャッチボールをさせるので、プレッシャーが凄まじい。

向こうも気を使っているのがガンガン伝わってくる。

野球・ソフトボールのような男の子に馴染み深い種目を選んだ方が悪いのだが...

 

私の大学は女子学生の数が少ないので、1チームに女子が1人や2人ということがザラである。

その上、女子には特別ルールがあって、女子の得点は倍になったり、女子がボールを持った時に男子は奪いに行けなかったりする。

だから、サッカーはコートの隅でおとなしくしているわけにいかないし、野球は否応なく順番が回ってくるのだ。

 

 

女子校の体育

女子校でやったサッカーはゆるゆるだった。コートも、狭い校庭の半面しか使わない。

ソフトボールに至っては、飛ばし過ぎると敷地外に出るからやりすぎるな、と言われていたくらいだ。

当然、大きなグラウンドでどう振舞ったら良いかなぞ知ったことではない。

 

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大学ではもっと変わった投げ方を教わった記憶


 

 

サッカーでの衝撃

サッカーで言われた衝撃の言葉がある。

 

「この女子どうすればいい?」

「ほっとけばいいよ」

 

男尊女卑だ、とかそんなことが言いたいわけではない。

サッカーのコートでどう振舞えば良いのかわからなかった私は、間違いなく場違いではあったと思う。

男子も、女子に対して精一杯の配慮を見せてくれていた。

でも、「運動ができない女子」に対する「どうしようもないね」という目線。

体育でこんなことを感じたことはなかった私は驚いてしまった。

 

次第に私は、「運動音痴な女子」を演じるようになった。

自分で自分のハードルを下げておいた方が楽だ、ということに気が付いたからだ。

一生懸命やって失敗して白い目を向けられるより、最初から期待されていない状態からまぐれでヒットを打った方が良い。

 

 

雨の日の体育

ある日、雨で野球ができない時、体育館でドッジボールをやった。

小学校からなじみのある球技ということで、私は昔のように熱中していた。

ボールをキャッチしたり、当てられて思わず悔しさをあらわにしたりと、しばし大学での自分を忘れ、中高時代に戻った。

 

試合の後男子から、意外に動くんだね、というようなことを言われた。

その時、「ああそうか、私は運動音痴キャラになっていたんだった」ということを思い出した。

期待されないことで楽をする一方、体を動かすことが好きな本当の自分を隠すことの哀しみを覚えた瞬間だった。

 

 

男女一緒の体育で思ったこと

大学で体育があったのは最初の一年だけだった。

ずっと女子校だった私は、男女差ということに目を向ける機会が微塵もなかった。 

しかし、体力には歴然とした男女差があり、自分の通っている大学の男女比は偏っていた。

その事実を肌身で感じた。

 

とにかく言えるのは、男子は男子だけで、女子は女子だけで体育をやった方が絶対に楽しいということだ。

 

 

 

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左右差別

右:「おい、お前、最近えらく威張っているじゃねえか」

左:「また言いがかりかね。私に喧嘩を売るしかすることがないとは、なんと暇なこと」

右:「何を言ってんだ、準備体操だってバレエのバーレッスンだって右から始まるんだ、右の方が偉いのは自明だろ?」

左:「突然何をまくし立てるかと思ったら。言っても詮ないことを。愚かな」

右:「はさみだってなんだって左利き用は少ないくせに、何でかい面してんだよ。昔の武士はなあ、ほとんど右利きなんだぜ」

左:「それでも現代では左利きが許容されているだろう?左は多様性の象徴であるのだ」

右:「ピアノだって右はメロディを担当するじゃないか、主役だぞ主役、脇役はすっこんでろ」

左:「何を言っているのかね。君は本質を全くわかっていない、左手の伴奏がなければ音楽に深みは出ないのだ」

右:「脳だって、右脳は芸術性が高い証なんだ。頭の固いやつに言われたくないね」

左:「そのような愚かな例を出してくるとは。左脳とて言語的能力に長けているといわれている。その上、人を右脳型、左脳型のように分けて判断するのは非科学的だと言われているのだ、知らないのかね」

右:「じゃあもっと高尚な例を出してやる。『右に出る者はいない』と言うだろう、右が左に優れている何よりの証拠だ」

左:「だが、左大臣は右大臣よりも偉い」

右:「でも、『左遷』て言う言葉があるじゃん」

真ん中:「Calm down〜! そんな言い争いは私に免じてや・め・て」

左:「こういうのが一番癇に障るかもしれんな」

右:「だよな」

 

参考サイト

「右に出る者がない」って、どうして左じゃダメなの? - ねとらぼ

 

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疲れてしまった

ごきげんよう、玻璃です。

5月らしいカラッとした空気は、玄関先の挨拶だけで行ってしまったらしいですね。

風が強くて頭が痛い。

 

 

ちょっと愚痴でも。

 

私は大学4年生だ。

世間的にはほとんどの人が就活している時だろう。

 

私は就職活動をしていない。

私はマイペースなので、一般企業に就職したらおそらく死んでしまうだろうと思っている。

セミナーに参加すると、「受かるES」とか言って、就活がビジネスになっている様を目の当たりにして、悲しくなってしまったのもある。

まあ、情報を持たない者がタダで情報をもらえるわけがないんですがね。

ガクチカ」という言葉を最初に聞いた時は愕然とした。それ、略す必要ある??

 

資格試験もうまくいかない、就職活動もしていないので将来も見通せない。

大学院に行ったとてその先どうするというのか。

そういえば最近話題の「逃げ恥」のみくりも、大学院卒だった。

 

 

大学は主体的に動かないと何もできない、ということを、大学に入ってから知った。

だから、コロナ禍になる前の2年間の過ごし方をとても後悔している。

 

コロナ禍前の2年間は、部活に入って時間的にはとても忙しかった。

部活で友達と活動することは楽しく、充実感があった。

しかし、それは将来の役に立つわけではないことに気が付いてしまった。

 

別にその部活動の価値を否定するわけではない。

しかし、部活動以外にも、自分の将来のことを考える時間や機会をつくり出さなければならなかったと思うのだ。

 

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「自分のやりたくない仕事が来たらどうしますか」と面接で聞かれるときいた。

そんなこと、どうやって答えるんでしょうね。

 

大学はとても自由で、なんでもできる。

そのぶん、何をするのか、という選択がその都度重要になってくる

 

大学生になったら主体的に動かねばならないということを、高校ではもっと教えるべきなんじゃないだろうか。

大学に入ることがゴールであり、大学に入ってからやりたいことを見つけようと思っても、時間がそれを十分に許さない。

レポートを出して単位が来たって、卒業はできても、将来の役には立たない。

高校の時みたいに、出された課題をこなしても誰にも褒められない。

「自由」には、すさまじい責任がおっかぶさってくる。

 

一般的なレールに乗りたくなくて、就活を選ばなかったけれど、周りの人と違うことを選ぶことがどれだけ苦痛を伴うことか。

私は知らなかった。

 

多分他の人から見たら私は恵まれた環境にいるとは思う。

なんでも選べる環境にいるのだから。

でも選択肢があっても、選択肢を切ることを恐れるあまり、身動きが取れないのだ。

 

先が見えなくて見えなくて、マッチの光で良いから灯りがほしい。

 

 

 

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森永のコーヒーアイスに、高校時代の景色を見た

ごきげんよう、玻璃です。

最近は湿気がすさまじいですね、洗濯物が乾きにくい。

 

* 

 

先日、森永の「れん乳アイス カフェフロート」を食べた。

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かわいい牛さん

 

練乳アイスというのでちょっと身構えていたが、 想像していたよりあっさりしていて美味しかった。

 

黙々と食べているうちに、ある味を思い出した。

高校の時によく飲んでいた飲み物の味を。

 

 

私の通っていた学校は校則が厳しく、学校に持ち込めるものが制限されていた。

そのため、コンビニで買ったお菓子や飲み物を持ち込むなんてもってのほかであった。

 

だから、合法的に飲み物を楽しむには、中庭にある自動販売機しかなかった。

しかも、その自動販売機は紙パックの飲み物しか売らないというお堅さだ。

 

私はその中で、カフェオレをよく飲んでいた。

(私は午後ティーやいちごミルクなどが苦手なので、紙パックだと飲めるものが限られてくる)

どちらかといえばコーヒーというより、コーヒー入り清涼飲料というべき甘い飲み物だ。

おわかりになるだろうか、あの飲んだ後に口に残る独特の人工的な甘さを

 

文化系の部活に入っていたので、高校3年になって塾に本格的に行くようになるまでは、放課後はたいてい暇であった。

時折、なんだか無駄に学校にいたくて、放課後の教室で友達と話したり、宿題をやったりしていた。

誰もいない空き教室で、校庭のテニス部のボールの音を聞く。

そのお供がこのジュースだった。

 

部活をやっていなかったから、いわゆる「本番」とか「試合」といったテンプレの青春は、私にはない。

それでも、あの放課後の教室のゆっくりとした時間は、紛れもなく私の青春であった。

 

夕暮れの柔らかな光が差し込む中で、ジュースを啜りながら宿題をする。

その当時の何気ないひとときが、今となっては狂おしいほどに懐かしい。

 

 

嗚呼、懐かしいなあ。

放課後の教室って、どうしてこんなに暖かさと淋しさを思い出させるんでしょうね。

 

毎日通い、安心して過ごせる場所があるということは贅沢なことだ、ということが、今は身に染みてわかる。

今の状況では、大学は毎日行く場所ではないし、行ったところで話す人もいない。

 

なぜ人間は、失ってからでないと当たり前の幸せのありがたみを感じられないのだろうか。

 

 

 

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